円環状にめぐり、円環の中で語り合う展示構成
森山朋絵さん
国産超伝導量子コンピュータが揃い踏み
初の国産量子コンピュータによるアート
大阪大学QIQBチームと久保田先生のコラボレーションによって生まれたのは、《Quantum Computer Art Studies》と題した量子コンピュータによるアート作品でした。グリッド状のドット絵のような作品なのですが、よく見ると人間が二人いるような(ミケランジェロが描いた《天地創造》のようだというコメントもありました)絵が描かれているんです。量子状態をグラフィックに落とし込むことで、一般の来場者にも伝わるように展示してくださった、久保田先生らにしかできないプロジェクトでした。
1970年の大阪万博は「古典コンピュータアートの黎明」だったと言えます。我々の「メディアアートの父・母」にあたるような世代の方々が当時最新のマシンであったコンピュータやプロッタを使って、それまでになかったアートやデザインを出現させた。それと同じように、2025年の万博では今度は量子状態に基づくコンピュータを用いて、それまでになかったアートが成立した。「量子コンピュータアートの黎明」と言えるものが生まれたその瞬間を私たちは目撃したのです。
アート&テクノロジーがちりばめられた万博
研究者とアーティストらによる新たな出会いの創出
東京都現代美術館と同じ江東区内に、日本科学未来館があります。これまで科学館が「芸術」を芸術としてだけ展示するのは難しかったかもしれませんが、美術館は美術館で、テクノロジーやサイエンスをそれだけで展示することはやはり難しかったと言えます。しかし、双方から境界を越えるかのような試みが徐々に形になってきたと思います。2025年の夏にリニューアルされた未来館3階の常設展「量子コンピュータ・ディスコ」に加え、5階の「未読の宇宙」展示には、アーティストグループのダムタイプのメンバーや平川紀道さんらによる展示もあります。次の「ミッション∞インフィニティ」しかり、こういった企画が、まだ多くはありませんが公立美術館でも開催できるようになりました。アートとサイエンス、両方の歩み寄りを感じますし、以前は未来館にしか行かなかったかもしれない科学愛好層が美術館にも訪れてくれたりと、客層も混ざり合ってきています。
「エンタングル・モーメント」でも、科学展示だと思って見に来られたと思しきご家族のお子さんが、平川紀道さんによる《datum》や後藤映則さんの《multiplicity》をずっと見つめているという光景が印象的でした。これまで出会わなかった人たちがあの会場で出会い、研究者やアーティストらによる新たなコミュニティ形成が行われた。アンケートの結果からもそれは確実に見てとれました。一つ一つは小さな出来事ですが、確かに起こったことをこの目で目撃できたことが嬉しかったですね。
平川紀道《datum》
後藤映則《multiplicity》
量子と宇宙、そして芸術への終わりのない「ミッション」
2026年1月31日から東京都現代美術館で始まった展覧会「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」は、「エンタングル・モーメント」参加アーティストたちによる作品を含む、私にとって4回目となる宇宙をテーマにした展覧会です。「エンタングル・モーメント」での試みを、大阪だけではなく、東京でも見て体験していただけたらと思います。メインビジュアルにもなっている《The Art of Entanglement》は今回も永原さんによるもので、「エンタングル・モーメント」のエントランスにも展覧会を読み解くヒントとともに展示していました。
「エンタングル・モーメント」で展示した作品をはじめ、例えば前述の久保田先生は久保田晃弘+QIQB《Quantum Computer Art Studies》の次のステップとして、今回は色彩に着目した作品を展開してくださる予定です。アートやデザインの人が基礎として学ぶ色面構成を、量子コンピュータでやってみようという革新的な試みです。
永原康史さんによる展覧会メインビジュアル
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mission-infinity/
二項対立ではない世界の見方
2014年に開催した展覧会「ミッション[宇宙×芸術]-コスモロジーを超えて」の時には、アーティストの宇宙とリアルの宇宙、両方の存在を示すためにそれらを二項対立的に見せたのですが、その後、世界の成り立ちをはじめ、物ごとは単なる二項対立ではないのではないかと考えるようになりました。2023年にCG-ARTSさんにも共催していただいて開催した「MOTアニュアル2023 シナジー、創造と生成のあいだ」展には12歳から39歳までの11組のアーティストが参加してくれましたが、その誰もが、年齢にかかわらず二項対立的な捉え方はしていなかった。先駆者世代を含めて皆が「何かと何かは必ずしも分かれきってはおらず、そのあいだがある」「ここであり、あそこであるが同時に成り立つ」というようなことを言っていて。それって、まさに量子状態のことですよね。これまでの世界の捉え方だと「そんなことあり得ないでしょう」と言われていたことを、まずは「あり得る」と考えること―それが量子的な考えにつながるんじゃないかと思ったのです。
2014年、東京都現代美術館で開催された展覧会「ミッション[宇宙×芸術]-コスモロジーを超えて」。1995年、2004年に続き宇宙をテーマにした展覧会だった
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/cosmology/
2023年に開催された展覧会「MOTアニュアル2023 シナジー、創造と生成のあいだ」
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mot-annual-2023/
量子はわからない、でも量子で考えれば面白い
量子的な考え方をクリエイティビティと結びつけて提示した「エンタングル・モーメント」展には、1週間という短い会期で約6万3千人もの来場者がありました。小さなお子さんから大人まで、海外のお客様や、すごく楽しんで誘い合ってまたきてくれるという人も多かった。量子の考え方が、人々の「こういうふうに考えたら面白い」と符合していったのなら幸いです。あくまで「問いかけ」であり、答えはすぐには出ない。少なくとも、私が生きている間に答えがわかることはないでしょう。アメリカの物理学者、リチャード・ファインマンも「もしも量子力学を理解できたと思ったならば それは量子力学を理解できていない証拠だ」と言っていますが、研究者だって今は量子の何たるかがわかりきってはいない。まだ解明されてはいないけれど必ず存在しているダークマターのようなものなのです。メディアアートやメディア芸術も長い間ダークマターのような存在だったかもしれません。でも、だからこそ面白い。そんな確かで不確かなものに、科学者もテクノロジストもアーティストもさまざまな方法で取り組み続けているのだと、「エンタングル・モーメント」での試みを通して思い至りました。「ミッション∞インフィニティ」にはそんな意図が込められています。その展示空間を体験して、一緒に考えてもらう契機になれば幸いです。
(談話をもとに構成)