55年越しの答え合わせ──企画者として初めて立った万博
森山朋絵さん
サイエンスやテクノロジーをアートで表現する
展覧会のプロデューサーとしてお声がけをいただいたのは、万博の約2年前です。当時、文部科学省の量子研究推進室にいらした吉岡佑真さん、瀬戸勇紀さん、後に着任された大西将徳さんという担当者お三方とお会いし、情熱を込めた展示のねらいや構想をうかがって意気投合しました。彼らの目ざすものの一つは「量子ネイティブ」な世代に向けて量子の世界の面白さを発信すること、量子力学の誕生から100年にあたる2025年の万博で、科学コミュニケーションの一環として展覧会をつくりたいということでした。アートやデザインによる研究成果の可視化・可聴化・可触化は、2005年前後から東京大学の原島博先生による研究支援プロジェクト「CREST」や「さきがけ」で提唱された「オープンスパイラルモデル」として実践されてきました。当時、文部科学省側でこれらを担当されていた内丸幸喜さんが実は今回、前出の皆様をご紹介くださったというご縁もありました。「アートやデザインを通して、研究者たちの理論や技術、それらの社会への影響を具現化する」という企画に、これまでに私が携わってきたメディアアートをはじめとした領域を万博という場で発信できる可能性を感じてお引き受けしました。
量子、宇宙、海洋を束ねるキュレーション
展覧会の主催は内閣府と文部科学省で、共催に総務省、経済産業省、協力に日本物理学会、展示にはいろいろな省庁や多数の機関が一緒に参加されています。担当の皆様との出会いを始まりとして、そこから少しずつ、ブレーメンの音楽隊のように参加機関が増えていき、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、産業技術総合研究所(AIST)、大阪大学、京都大学ほか、計20機関とご一緒させていただくことになりました。
企画の初期段階からのテーマ「宇宙」と「量子」に「海(海洋)」が加わりました。宇宙と量子はブラックホールの研究などを通じて繋がりますし、世界の成り立ちを考える上でもどちらも重要な領域です。アーティストもまた世界の成り立ちを考えているので、一つのテーマとして扱うことができると思いました。また「海(海洋)」について考えたのは、海洋は地球であり、わたしたちの一番身近にある世界です。主催の皆様のアドバイスもあって、世界の成り立ちを考えるというときには、この3つはひとかたまりとして捉えることができるんじゃないかと思いました。ただ、キュレーションの難易度は高かったですね。
「量子で考える」ための3つのチャプター
全体を通じて、大まかにザックリでもいいからなにか切り口がほしい。そこで、量子を理解するヒントになるようなチャプターを設けたいと考えました。展覧会を構成するチャプターはふだん3つから5つを設けることが多いですね。私たちが感覚的にとらえるしかないところ、量子研究推進室のみなさんが科学的にも成立するよう裏づけを含め考えてくださって、そうして生まれたのが「重ね合わせ」「もつれ」「観測」という3つのチャプターです。
「重ね合わせ」に込めたのは「そんざいの たしかな ふたしかさ(存在の確かな不確かさ)」、その多重性を受け入れることの重要性です。1つの量子は異なる状態を同時に持つ、その性質を「量子重ね合わせ」と呼びます。「シュレーディンガーの猫」がよく引用されますが、量子のそんな性質を受け入れることは、創造性や可能性、多様性に立脚することにもつながると考えました。
2つ目の「もつれ」は「とおく はなれていても まるでひとつ(遠く離れていてもまるで一つ)」という「量子もつれ」からきています。2つの遠く離れた量子が連動する現象を指しますが、遠く離れた国内外で同じような試みをするアーティストが同時多発的に現れて、とても面白い流れが起きるということはありますよね。もつれであり、巡り合わせ―かつての文化庁メディア芸術祭や大阪万博という場も、回転スピードの違うものたちが、たまたまタイミングが合ってその場に居合わせる「不易流行」のように、そのタイミングでいないと成立しない作品やプロジェクトがあると思うのです。
3つ目は「観測」。例えば「みてないときも つきは あるの(見ていない時も月はあるの?)」と、誰もが一度は考えたことがあるのではないでしょうか。量子は観測されることではじめて一つの状態に確定するのですが、私は作品の創造や鑑賞もある種の観測だなと思うのです。作品の構想を練っている時、まだかたちにはなっていないけれど、作品はすでに確かに存在していて、これもあれもあり得る状態―そこから「こういうふうに作品にしよう」と表象を与えた瞬間に形が決まる。
そんな3つのチャプターで構成される展覧会全体を通して、量子的な考えやアイデアを通して世界を見ることの面白さを伝えたい=「量子で考えれば面白い」というのが、「エンタングル・モーメント」展のテーマになりました。このテーマは東京都現代美術館で開催される「ミッション∞インフィニティ」展にも引き継がれていきます。
ローカリティを重視したチームビルディング
具体的に展覧会をつくっていくにあたって、開催地である大阪の研究者やアーティストと組みたいと思いました。第1回シンガポール大会で議長を務めたACM SIGGRAPH(全米電算機学会、シーグラフ)でも、毎回開催地のローカルコミッティ(現地委員会)を組織します。大阪にローカルコミッティをつくろうと思い、大阪芸術大学に集う先生方にお声がけしました。私が客員教授を務めるアートサイエンス学科の安藤英由樹先生と大谷智子先生にはコ(共同)・プロデューサーになっていただきました。同学科には、メディアアーティストの落合陽一さん、アルスエレクトロニカの総合芸術監督であるゲルフリート・シュトッカーさん、同じくアルスのフューチャーラボ芸術監督・小川秀明さん、ロボット工学の石黒浩さんなどが集まっていたのです。タイミングがすごくよかったですね。一方で、会期が近づくと参加アーティストを含む横断会議のワーキンググループも構築され、ブレストの大きな助けになりました。また、関西でもたくさんの展覧会を手がけるTASKOさんにも入っていただいて、さまざまなローカリティを取り込んだ企画ができたと思います。
量子の性質を捉えたメインビジュアル
重要なメインビジュアルやブロシャーのデザインをお願いした永原康史さんも大阪のご出身で、永原さんとは30年前、東京都写真美術館総合開館展(1995年)の図録デザインをお願いしたご縁がありました。当時、大阪3D協会というある種の秘密結社がありまして(笑)、大阪での例会に出かけては現地の現代美術やメディアアート作家たちのコミュニティに出入りし、メンバーのつながりで永原さんに図録をお願いしたんです。私にとっては写真美術館の開館時に初めて手がけた映像メディアの展覧会図録、永原さんにとっても初めての展覧会図録デザインだったそうですが、全国カタログコンクールでグランプリを受賞するなど、印象深いお仕事でした。永原さんなら、量子の世界を十全に理解したグラフィックで表現してくれるのではないかと思い、久しぶりにお声がけしました。
永原さんによるメインビジュアル《Q-Ring》は、量子のひとつである光の最小単位「光子」をモチーフに、量子の重要な原理「不確定性」で二度と同じものが出ない、量子の重ね合わせ状態をプログラムで表現してつくられています。RGBと明・暗の5つの線の重ね合わせでもつれながら円環の世界になり、3色が重なるところは白くなっているんです。
研究機関×アーティストのマッチング
企画の発足から2年目に入り、展覧会のコーディネートをご一緒してくれる会社を探すタイミングで「ぜひに」とお声がけしたのがCG-ARTSさんです。今回の会場は美術館=ホワイトキューブではなくコンベンションセンターだったので、会場づくりからやる必要がありました。CG-ARTSさんは、文化庁メディア芸術祭のような国際フェスティバルの取り回しや展示構築の経験を豊富にお持ちで、ほかに代え難い存在です。中でも莇(あざみ)貴彦さんには、アーティストの提案から展示コーディネートまで、総合的に全体に関わっていただきました。
ご一緒できることになりまずご相談したのが、20の参加機関とアーティスト、デザイナーのマッチングです。各機関を訪ねては取り組みをヒアリングし、それぞれに合うアーティストやデザイナーを提案していきました。
ペアのつくりかたや考え方にルールを設けたわけではありません。研究者から「この成果を見せたい」という具体的な要望があるときもあれば、補助的に見せてもらった資料をアーティストが面白がり、副次的効果でそちらをフィーチャーすることになったところもありました。例えば研究者とアーティストの間に「スライダー」があるとして、つまみの位置はペアによって異なるという具合です。以前、純文学者とメディアアーティストが組んで作品をつくる展覧会「文学の触覚」(東京都写真美術館、2007年)を行った際もそうでした。対話や発見を重ねながら、柔軟に積み上げていきましたね。大阪に続いて共通する試みを展開する「ミッション∞インフィニティ」展では、そのあたりにもぜひご注目ください。
(談話をもとに構成)