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『ひゃくえむ。』岩井澤健治監督に聞く、作家性とエンターテインメントを両立させる挑戦(後編)

『チ。―地球の運動について―』で知られる漫画家、魚豊(うおと)さんの連載デビュー作をアニメーション映画化し、好評を呼んでいる『ひゃくえむ。』。本作を手掛けたのは『音楽』(2020)で第43回オタワ国際アニメーション映画祭や第24回文化庁メディア芸術祭のエンターテインメント部門などで最高賞を受賞した、インディーアニメーションの雄・岩井澤健治監督です。陸上競技の世界で、100メートルを駆け抜けるわずか10秒の闘いに生きる人びとの物語。その競技者たちの身体的な個性を描くために、ロトスコープを活用していることも話題です。
記事の後編では、本作の技術的な肝にあるロトスコープの活用方法について、また監督の今度の目指す創作のスタイルをじっくりうかがいます。

ロトスコープは構図を決めるため

『ひゃくえむ。』では実写映像をトレースしながら作画するロトスコープが使用されています。この手法を用いて監督はこれまで多くの作品を発表されてきました。今回は何割くらいロトスコープで作画されたのでしょうか。

だいたい7割ぐらいです。ロトスコープはやはり日常パートとか、ワンショットで見せたいところとかで効果が発揮されます。 一般的にロトスコ-プは、リアルな動きを拾う手法としてイメージされていますが、自分の中ではどちらかというと構図をつくれることのほうが強みかなと思っています。それに実写で先に撮っているので、編集のテンポをつくりやすいのも利点です。

結果として、リアル指向とも違う、一般的なアニメーションとはことなる独特の描写になっているのですね。

『ひゃくえむ。』はファンタジーやSFで表現される派手さがないので、「実写でやればいいじゃん」みたいに思われる方もいるかもしれません。ただ自分の中では、絵で表現した瞬間にどんなものであれ、もうそれはアニメーションでしか表現できないものになっていると思うんです。
ロトスコープのプロセス(1)実写
ロトスコープのプロセス(1)実写
ロトスコープのプロセス(2)動画後
ロトスコープのプロセス(2)動画後
ロトスコープのプロセス(3)本編
ロトスコープのプロセス(3)本編

キャリアを振り返って

監督は短編アニメーションで注目を集めてきました。第12回文化庁メディア芸術祭では『福来町、トンネル路地の男』(2008)で審査委員会推薦作品にも選出されています。

アニメーション監督としてのキャリアの道筋として、大学の卒業制作が話題になって作家としてステップアップしていくのが王道のひとつと思うのですが、僕の場合は実写映画に関わっていたので、当時すでに20代後半でした。自分の中ではアニメーションも実写も同じ映像表現です。ロトスコープはその両者が融合した表現で、最終的なアウトプットがアニメーションになっているという認識です。アニメーションをつくりながら、実写っぽいことをやっている感じなんですね。

映画『音楽』予告編

そこから長編の『音楽』を制作しようと思ったのは何故なのでしょうか。

『福来町、トンネル路地の男』の後も短編作品をいくつかつくって、いろんなところで評価してもらえたんですけど、ずっと映画監督になりたいという目標を持っていました。短編アニメーションをつくって映画祭で上映されても、それで興行ができるわけではない。長編をつくらないとなと思って『音楽』の制作に取りかかりました。
自主制作の長編アニメーションは当時ほぼなかったので、もしつくったらきっと話題になって劇場公開できるだろうと考えました。それをモチベーションとして進めていったんですが、つくるからにはできるだけ多くのお客さんに観てもらいたかった。『音楽』は自分なりのエンターテインメントにしたつもりです。
インディペンデント映画は小さい世界ですけど、『音楽』ではその中での試みがすべてハマりました。パンフレットも設定資料や製作陣のインタビュー、原作の大橋裕之さん描き下ろし漫画などを収録した100ページもあるものをつくったんですが、関係者には1,000部も売れないと言われながら8,000部売上げました。ほかのインタビューでもお話ししましたが、第24回の文化庁メディア芸術祭でもあえてアニメーション部門ではなくエンターテインメント部門に応募したり。これも結果的に大賞をいただけて、さまざまな成功例を自分の中に蓄積することができました。

岩井澤監督
岩井澤監督

挑戦は続く

少し気が早いかもしれませんが、今後はどんな作品をつくっていきたいか聞かせてください。

いばらの道かもしれませんが、一見エンターテインメントにならなさそうな、ギリギリを攻めていきたいと思っています。『ひゃくえむ。』も言ってしまうと「ただまっすぐ10秒走るだけ」の作品だったので、映画になるのか不安で、チャレンジングな企画でした。それでもひとつの形にできたのは、意味のあることだと思っています。そこで結果が出せると、さらに理想的なんですけどね。
僕はつくり手の自分と、観客としての自分という2つの視点を持つようにしています。やっぱりたくさんの人に観てもらいたいから、そのためにはどうすればいいかを常に考えていて、そのバランスが大切であり挑戦だと感じています。こういうアプローチもあるのだと、新しい提案をしたい。観る人が最初から求めていたエンターテインメントじゃないけれど、「こういうのも面白いよね」って観たあとに言ってもらえる作品をつくっていきたいです。
流行っているからこの類型をやればいいみたいな思考につくり手が陥ってしまうと、エンターテインメントの市場を狭めることになりかねない。それは映画の未来にためにならないと思うんです。

海堂 (C)魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会(MANTAN)
海堂 (C)魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会(MANTAN)
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プロフィール
アニメーション映画監督
岩井澤 健治
IWAISAWA Kenji
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1981年、東京都生まれ。高校卒業後、石井輝男監督に師事、実写映画の現場から映像制作を始め、その傍らアニメーション制作を始める。2008年に初のアニメーション作品『福来町、トンネル路地の男』が完成。以後、アニメーションを中心とした短編映画を制作し、『音楽』(2020)では脚本や絵コンテ、キャラクターデザインなども手がけ、7年間かけて映像化した。株式会社ロックンロール・マウンテン代表。
https://rockandrollmountain.com

ひゃくえむ。
2025年9月19日公開
監督:岩井澤健治
原作:魚豊
脚本:むとうやすゆき
声の出演:松坂桃李、染谷将太、笠間淳、高橋李依、田中有紀、種﨑敦美、悠木碧、榎木淳弥、石谷春貴、石橋陽彩、杉田智和、内田雄馬、内山昂輝、津田健次郎
公式サイト:https://hyakuemu-anime.com

公開日:2025年11月4日

インタビュー・構成:言問
構成:塚田 優
撮影:栗原 論

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