スタートする前の緊迫に惹かれて
岩井澤監督の新作『ひゃくえむ。』が現在劇場公開中です。この作品の製作はどのように始まったのでしょうか。
魚豊さんの作品は『チ。—地球の運動について—』がとても面白かったので『ひゃくえむ。』も読んでいたんですけど、偶然にも読んで2週間後くらいにポニーキャニオンのプロデューサーから同作のアニメーション化の打診がありました。ちょうど4年ほど前ですかね。それで打ち合わせを始めたのですが、わずか約10秒で終わる100m走をどう面白く見せるかと、全5巻のボリュームをいかに構成するのかが当初からの懸念でした。
陸上の試合を生で見たことがなかったので、まずシナリオをつくる前の段階で、実際の陸上大会に行ってみることにしました。そこで選手たちがスターティングブロックを自分の歩幅に合わせてセットしたり、アップをしている光景を見て、この準備の時間からすでに試合が始まっているんだなと感じました。この準備からどんどん高まっていく緊張感をカットで割らない長回しのワンショットで見せたら、試合の映像も面白く構成できるんじゃないかと気づき、勝算が見えたんです。
レースの準備から始まるワンショットをつくろうというアイデアは、劇中ではメインキャラクターのトガシと小宮が高校の全国大会で対決するシーンとして組み込みました。最終的にこのショットは3分40秒の長回しになったのですが、最初の10秒ができたときに、カットを割らないことで生まれる臨場感や迫力が全然違うと感じました。
その作品でしか味わえない特別な映像体験は作品の強みになりますし、僕はそういうシーンをつくることを大切にしています。この映画ではまず実写の素材を撮り、それをもとにアニメーションの作画をするロトスコープを用いましたが、この場面も、テイクは何回か重ねましたが、実写の撮影素材もワンショットになっています。
長編作品としては前作にあたる『音楽』でも、フェスでのライブシーンを見せ場として物語をつくっていったので、盛り上げる場面を設定して構成していくのは自分の個性なのかなと改めて今回気付きました。
マンガからアニメーション映画に
原作のボリュームを1本の映画にするにはどのような工夫をされましたか。
単行本が5冊あるので、トガシと小宮の2人にフォーカスすることにしました。
原作があるものを映画化する場合、尺の都合もあって、ポイントになるエピソードをダイジェスト的にしたり、大胆に一部だけを取り上げたり、設定だけ引き継いで別のものにしたりといろいろやり方があると思います。『ひゃくえむ。』ではエピソードを一部削っていますが、全体の軸がぶれないように構築するようにしました。こういう方法が原作ものに対するアプローチとしては正しいんじゃないかなと自分では思っています。
実際の製作過程をお話ししますと、まず自分で構成を考えて、むとうやすゆきさんに脚本をお願いしました。この作品は本当に名言が多いので、それをセリフとして、うまく取り入れてもらいました。
「走り」に対するこだわり
走っている場面のアニメーションは、実際のランナーを参考にされたとうかがいました。
そうですね。プロの短距離選手の走りを3DCGに落とし込み、それをベースに作画しています。モーションキャプチャ―ではなく、走りを記録した動画を参考に3Dアニメーションにしています。小宮のように特徴的な走法のキャラクターも劇中内に登場するので、そういうキャラクターは個性的な走り方の選手をモデルにして、それぞれの特徴を3DCGに反映させました。試合のシーンでは、それらをもとに作画をしました。走りのこだわりに関してはプロデューサーの寺田悠輔さんが陸上の経験者だったのでアドバイスや提案をいただきました。
CGをベースに作画をするのは他の商業アニメでも使われるアプローチです。今回はこうした方法も取り入れていますが、その枠にとらわれないように心がけました。例えば先ほどお話した3分以上続くワンカットのシーンは、作画にかなり労力がかかるので外注しづらい。そのため、1年間かけて約9,800枚以上の動画を多くのスタッフで分担して描いています。
『ひゃくえむ。』は僕の立ち上げたロックンロール・マウンテンで制作した作品なんですが、新人や、映像制作のスキルはあるけどアニメには関わってこなかった人が多く参加しています。そういったメンバーたちを、アニメ作品での経験も豊富な小嶋慶祐さんがキャラクターデザイン・総作画監督としてまとめてくれたので、商業とインディペンデントが化学反応を起こしたハイブリッドな作品になりました。