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国家的祭典に入り込む属人性を愛でる。クリエイター目線で楽しむ大阪・関西万博 市原えつこ(前編)

今回は、メディアアーティスト/妄想インベンターとして活躍されている美術家の市原えつこさんが、大阪・関西万博を訪問された際の様子を前・後編の記事にてご紹介します。
市原さんとCG-ARTSの関係は長く、当協会主催の学生CGコンテストでは、第18回に『セクハラ・インターフェース』で木村了子賞を受賞されました。その後も、第25回・第26回・第27回学生CGコンテストのアート部門にて評価員を務めていただきました。

私と万博の間柄

私が最初に今回の大阪・関西万博に関わったのは、2020年の「日本館基本構想策定」の時。まだ世の中がコロナ禍に揺れていた頃で、「1年後ですら予測不能な時代に、5年後の未来を構想する」という途方もないプロジェクトでした。しかも、有識者として集まった9名のメンバーは忖度(そんたく)ゼロの面々。「未来に向けて何を生み出すべきか?」と多様な観点から議論し続けるなかで「いのちと、いのちの、あいだに」という日本館のテーマが形づくられていきました。以降は現場からは離れたものの、2023年の起工式や2025年の内覧会など折に触れて足を運び、会期中にはシャインハットに「未来へのメッセージ」を投影するなど、万博との縁は細く長く続いています。
日本館の開館式
日本館の開館式

内覧会で感じた「これは混むわ」の予感→的中

2025年3月、日本館の完成に伴い、世間ではまだ冷ややかな視線も多かった時期に内覧会に参加しました(日本館館長の藤原紀香さんと、ミーハー丸出しで集合写真を撮影!)。
集合写真
中央が藤原紀香さん、その左隣が筆者
当時はまだ世間的に「万博?興味ないし」という風潮が強かったものの、現場の様子をみて「このコンテンツ力、絶対に口コミで広がって会期の後半になればなるほど混む……!」と直感。ちゃっかり早割チケットを予約し、一般来場者として4月の平日に再訪することにしました。

一般客としての「洗礼」

しかし、現実はなかなかハードでした。混雑と行列が大の苦手な私にとって、東ゲートの手荷物検査待ちの行列の時点で心が折れそうに。4月の時点でかなり暑く、夏フェスのような重装備で訪れる人が大勢いた理由が理解できました。夏場は一体どうなるのか……?
(教訓:入場時行列が一番ヤバいし日除けもない状態なので、夢洲に到着時点でゲートに並ぶ前に日除けと水分を持ったほうがいいです)
さらに、SNSで話題のイタリア館の独自予約システムが機能せず、「予約を取ったのに全然入れない!」というトラブルにも遭遇。行列嫌いの私はここで早々にリタイアしました(他のパビリオンは問題なく予約通りに入れましたのでご安心を)。

イタリア館の様子
イタリア館の様子

万博は“パビリオンガチャ”?

万博の醍醐味(?)のひとつは「パビリオンガチャ感」。予約やタイミングでハズレを引くと心が沈みますが、ひとつでも“当たり”のパビリオンを引ければ、「来てよかった〜!」と報われる。そういう意味でも、ある種の運試しとして心のゆとりをもって楽しむスタンスが肝要かもしれません。

研究者の魂を感じた石黒浩氏によるシグネチャーパビリオン「いのちの未来」

個人的な大当たりパビリオンは、ロボット工学の第一人者・石黒浩氏が主導するシグネチャーパビリオン「いのちの未来」。
一見するとキャッチーな“マツコロイド”が目立ちますが、これは入口にすぎません。アンドロイド研究の第一人者・石黒浩教授の長年の思想が凝縮された空間で、単なる技術展示ではなく、人間と機械の境界を問い直す哲学的な体験装置になっていました。 なぜか根源的な恐怖を誘う顔面タブレットの猿のアンドロイド、アンドロイドに至るまでに連なるヒト型の歴史、公共交通機関にアンドロイドが搭乗する未来の再現、自然死とアンドロイド化の二者択一の追体験など、脳裏に焼きつく内容が多かったです。
石黒館の展示
石黒館の展示

テクノロジーそれ自体の斬新さというよりは、長年アンドロイドと向き合ってきた第一線の研究者のアンドロイド・ロボット・人間観の集大成として心に響く構成でした。
細かい点ですが、アクセシビリティ対応も非常に優秀。観客一人ひとりに観賞用のデバイスが配布され、多言語対応や鑑賞位置の自由度が担保されるなど、幅広い国籍や身体条件の観客が平等に楽しめるように設計されていたのも印象的でした。
SNSに出回る写真や動画よりも、実物の方が圧倒的に「禁忌に触れている」ようなドキドキする感覚があり、やはりパビリオンという物理空間で体験できてよかったコンテンツです。

石黒館の展示
石黒館の展示
一方で、ストーリーの着地が“家族愛”に収束していた点には少しモヤモヤも。万博という幅広い世代が来場する場において、最大公約数的に共感を得やすいものだとは思いますが、さまざまな家族観やジェンダー観の人が混在する現代、全ての人が納得・共感するテーマに着地するのは難しそうです。

会場の“圧倒的異物”としての落合陽一氏・シグネチャーパビリオン「null²」

もうひとつ心を打たれたのが、SNSでも話題で、予約抽選の当選確率が激低となっている「落合館」こと、シグネチャーパビリオン「null²」。
外観からして明らかにヤバい建築。ロボットアームが外壁を激しく振動させている震える建築は、遠目からでも目を引き、今回の万博において最もアイコニックな存在になっています。

内覧会でたまたまプロデューサーの落合陽一さん(以下、落合さん)にお会いして中に入ることができ、その時点ではコンテンツはまだ開発中でしたが、公開後の体験者の話によると圧倒的な没入感とのこと。 国からの予算だけでなく、落合さんが自らスポンサーを自力で集め、日本館の内覧会の日も、来賓対応をしながら「コスト削減のため」と、落合さんご本人が現場の第一線でコードを書いている真っ最中……文字通り“身を削って”実現させている姿を目撃して、敬服しました。

万博のプロデューサー陣に対しては、「利権目的で関わっているのでは」といった、一般的なイメージや先入観を持たれていることもあるかもしれませんが、これはもう途方もない使命感がなければ完遂できない領域だなと実感。自分はここまで踏ん張れるだろうか……?と、落合さんをはじめとした、現場で粘り抜いた制作チームへのリスペクトが自然と湧きました。

「null2」の前に立つ落合陽一さん
「null²」の前に立つ落合陽一さん

変態性と属人性が希望になる

万博会場を歩いていると、どうしても「お国自慢+サステナビリティ風味」的なコンテンツが続き、辟易(へきえき)としそうになる瞬間もあります。ですが、石黒館や落合館のような“個人の変態的な思想”が全開のパビリオンに出会うと、「この時代に、このパビリオンに立ち会えてよかった」と素直に思ってしまいました。 2025年の万博では、諸外国のパビリオンもさまざまに立ち並ぶ中、メインコンテンツとして8人のプロデューサーがそれぞれの思想を持ち込むシグネチャーパビリオンが展開されています。国際的なスケールでの博覧会に、属人的な熱量や思想が乗る。「国」に「個」が並び、匹敵する状況こそが、「未来に向けたエンターテインメント」の希望なのではないかと、個人的には感じました。

後編は近日公開予定

プロフィール
美術家
市原 えつこ
ICHIHARA Etsuko
Credit_YujiroIchioka

美術家。東京藝術大学大学院を首席卒業。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞、アルスエレクトロニカ栄誉賞を受賞。2025大阪・関西万博 「日本館基本構想事業」クリエイター。
https://etsuko-ichihara.com/

ポートレート・バナー撮影:Yujiro Ichioka

執筆:市原えつこ

公開日:2025年7月14日

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