Top Left
Top Right
Bottom Left
Bottom Right

「エンタングル・モーメント」から「ミッション∞インフィニティ」へ ——量子、宇宙、アートへの終わらない旅(後編)

EXPO2025 大阪・関西万博の会場内、EXPOメッセ「WASSE」にて8月に行われた展覧会「エンタングル・モーメント ―[量子・海・宇宙]×芸術」。多くのメディアアーティストが参加し、CG-ARTSも展示コーディネーションで関わりました。そのプロデューサーを務めたのは、東京都現代美術館の学芸員、森山朋絵さんです。長年にわたってメディア芸術やメディアアートに携わる森山さんが、本展を通して伝えたかったこととは、そして、東京都現代美術館で開催中の「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」にも続く終わりなき挑戦とは―。
後編では、「エンタングル・モーメント」展の展示内容や開催期間中のエピソードを振り返り、また東京都現代美術館で開催を控える展覧会「ミッション∞インフィニティ」展に込めた思いを伺います。

円環状にめぐり、円環の中で語り合う展示構成

会場では、先述した「重ね合わせ」「もつれ」「観測」という3つのチャプターは、ゆるやかに存在しながらも、それによってエリアをはっきり区切るようなことはしませんでした。ご存知の通り、メディアアート作品には暗い空間を必要とするものなど、作品によっては展示要件によって配置が決まることもあります。そこで、量子と海洋と宇宙の3つの空間をウロボロス的にぐるぐる回って見ることができる、始まりも終わりもない円環上の展示構成に至りました。円環の中央にはステージを設け、トークやワークショップなど23のプログラムを実施しました。映画監督・樋口真嗣さんと海洋研究者によるトーク、大阪大学QIQBの藤井圭祐先生とメディアアーティストの落合陽一さん、同じく映画監督の押井守さんと分子科学研究所教授の大森賢治さんによる「攻殻機動隊×量子コンピュータ」と題したトークセッションなど、ここでも科学者とアーティスト、デザイナーの多彩なコラボレーションで語り合っていただきました。
森山朋絵

森山朋絵さん

中央ステージでのトークイベント
中央ステージでのトークイベント

国産超伝導量子コンピュータが揃い踏み​​

大きな見どころの一つが、2023年に稼働した歴代の国産超伝導量子コンピュータ3機が一堂に会した展示です。「新世紀エヴァンゲリオン」的に言うと、初号機は理化学研究所、弐号機は富士通、参号機は大阪大学が手がけられたもので、それぞれに異なる役割の展示を展開されました。理化学研究所は、本展で量子コンピュータにより親しんでもらおうと、来場者が部品をVR上で組み立て再構築できる体験型の展示をされました。富士通株式会社は「シャンデリア」とも呼ばれる非常に美しい量子コンピュータの構造を実寸のモデルで展示、フォトスポットとしても来場者に楽しまれていましたね。大阪大学QIQB(量子情報・量子生命研究センター)は、大阪・関西万博の会場から大阪大学にある量子コンピュータに実際にジョブを投げて返ってくるということを実現してくださいました。その瞬間が会場で体験できるというのは、世界的に見てもすごいことです。また、同様に、メディアアーティスト久保田晃弘先生とのコラボレーションにも取り組んでいただきました。
理化学研究所《量子コンピュータXR》展示風景
理化学研究所《量子コンピュータXR》展示風景
理化学研究所《量子コンピュータXR》 体験の様子
理化学研究所《量子コンピュータXR》 体験の様子
富士通株式会社《超伝導方式量子コンピュータ 1/1モックアップ》
富士通株式会社《超伝導方式量子コンピュータ 1/1モックアップ》
大阪大学《超伝導方式量子コンピュータ展示》展示風景
大阪大学《超伝導方式量子コンピュータ展示》展示風景
大阪大学《超伝導方式量子コンピュータ展示》 大阪大学豊中キャンパス実験室のライブ配信の様子
大阪大学《超伝導方式量子コンピュータ展示》 大阪大学豊中キャンパス実験室のライブ配信の様子
京都大学のブースでは、実際に光子をもつれさせる装置や、アインシュタインが認めなかった「量子もつれ」を実証し続ける装置など、サイエンス的にも世界初と言える挑戦的な試みがなされました。 アート空間の隣で研究者や技術者の方々が最新鋭の研究装置を日夜調整されていて、そこが本展覧会ならではの空間になっていました。

初の国産量子コンピュータによるアート

大阪大学QIQBチームと久保田先生のコラボレーションによって生まれたのは、《Quantum Computer Art Studies》と題した量子コンピュータによるアート作品でした。グリッド状のドット絵のような作品なのですが、よく見ると人間が二人いるような(ミケランジェロが描いた《天地創造》のようだというコメントもありました)絵が描かれているんです。量子状態をグラフィックに落とし込むことで、一般の来場者にも伝わるように展示してくださった、久保田先生らにしかできないプロジェクトでした。
1970年の大阪万博は「古典コンピュータアートの黎明」だったと言えます。我々の「メディアアートの父・母」にあたるような世代の方々が当時最新のマシンであったコンピュータやプロッタを使って、それまでになかったアートやデザインを出現させた。それと同じように、2025年の万博では今度は量子状態に基づくコンピュータを用いて、それまでになかったアートが成立した。「量子コンピュータアートの黎明」と言えるものが生まれたその瞬間を私たちは目撃したのです。

久保田晃弘+QIQB《Quantum Computer Art Studies》
久保田晃弘+QIQB《Quantum Computer Art Studies》

アート&テクノロジーがちりばめられた万博​

今回は万博全体を見ても、日本のテクノロジーによる宇宙開発を紹介したJAXAの展示があったり、石黒浩さんや落合陽一さんなど、メディアアートの分野でもさまざまな取り組みをされている方々がシグネチャーパビリオンを任せられたりと、非常に素晴らしかったですね。それらが常設展だったとすれば、「エンタングル・モーメント」は企画展の位置付けにあたります。落合さんは万博会場にずっといらしていて、こちらの会場にも気軽に顔を出してくださいました。ふらりと現れて、大阪大学の藤井啓祐先生と、火花を散らすかのような面白いトークに登壇されたあと、ご自身の研究室による海上の「揺れ」体験を経てまたパビリオンに戻られたり、各展示のあいだにも有機的な往来が行われていたと思います。
万博のシグネチャーパビリオンを手がけた落合陽一さんは、本展でも海洋をテーマに写真作品・動画作品を展示
万博のシグネチャーパビリオンを手がけた落合陽一さんは、本展でも海洋をテーマに写真作品・動画作品を展示

研究者とアーティストらによる新たな出会いの創出

東京都現代美術館と同じ江東区内に、日本科学未来館があります。これまで科学館が「芸術」を芸術としてだけ展示するのは難しかったかもしれませんが、美術館は美術館で、テクノロジーやサイエンスをそれだけで展示することはやはり難しかったと言えます。しかし、双方から境界を越えるかのような試みが徐々に形になってきたと思います。2025年の夏にリニューアルされた未来館3階の常設展「量子コンピュータ・ディスコ」に加え、5階の「未読の宇宙」展示には、アーティストグループのダムタイプのメンバーや平川紀道さんらによる展示もあります。次の「ミッション∞インフィニティ」しかり、こういった企画が、まだ多くはありませんが公立美術館でも開催できるようになりました。アートとサイエンス、両方の歩み寄りを感じますし、以前は未来館にしか行かなかったかもしれない科学愛好層が美術館にも訪れてくれたりと、客層も混ざり合ってきています。
「エンタングル・モーメント」でも、科学展示だと思って見に来られたと思しきご家族のお子さんが、平川紀道さんによる《datum》や後藤映則さんの《multiplicity》をずっと見つめているという光景が印象的でした。これまで出会わなかった人たちがあの会場で出会い、研究者やアーティストらによる新たなコミュニティ形成が行われた。アンケートの結果からもそれは確実に見てとれました。一つ一つは小さな出来事ですが、確かに起こったことをこの目で目撃できたことが嬉しかったですね。

平川紀道《datum》

平川紀道《datum》

後藤映則《multiplicity》

後藤映則《multiplicity》

量子と宇宙、そして芸術への終わりのない「ミッション」

2026年1月31日から東京都現代美術館で始まった展覧会「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」は、「エンタングル・モーメント」参加アーティストたちによる作品を含む、私にとって4回目となる宇宙をテーマにした展覧会です。「エンタングル・モーメント」での試みを、大阪だけではなく、東京でも見て体験していただけたらと思います。メインビジュアルにもなっている《The Art of Entanglement》は今回も永原さんによるもので、「エンタングル・モーメント」のエントランスにも展覧会を読み解くヒントとともに展示していました。
「エンタングル・モーメント」で展示した作品をはじめ、例えば前述の久保田先生は久保田晃弘+QIQB《Quantum Computer Art Studies》の次のステップとして、今回は色彩に着目した作品を展開してくださる予定です。アートやデザインの人が基礎として学ぶ色面構成を、量子コンピュータでやってみようという革新的な試みです。

永原康史さんによる展覧会メインビジュアル
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mission-infinity/

二項対立ではない世界の見方

2014年に開催した展覧会「ミッション[宇宙×芸術]-コスモロジーを超えて」の時には、アーティストの宇宙とリアルの宇宙、両方の存在を示すためにそれらを二項対立的に見せたのですが、その後、世界の成り立ちをはじめ、物ごとは単なる二項対立ではないのではないかと考えるようになりました。2023年にCG-ARTSさんにも共催していただいて開催した「MOTアニュアル2023 シナジー、創造と生成のあいだ」展には12歳から39歳までの11組のアーティストが参加してくれましたが、その誰もが、年齢にかかわらず二項対立的な捉え方はしていなかった。先駆者世代を含めて皆が「何かと何かは必ずしも分かれきってはおらず、そのあいだがある」「ここであり、あそこであるが同時に成り立つ」というようなことを言っていて。それって、まさに量子状態のことですよね。これまでの世界の捉え方だと「そんなことあり得ないでしょう」と言われていたことを、まずは「あり得る」と考えること―それが量子的な考えにつながるんじゃないかと思ったのです。

ミッション[宇宙×芸術]-コスモロジーを超えて

2014年、東京都現代美術館で開催された展覧会「ミッション[宇宙×芸術]-コスモロジーを超えて」。1995年、2004年に続き宇宙をテーマにした展覧会だった
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/cosmology/

MOTアニュアル2023 シナジー、創造と生成のあいだ

2023年に開催された展覧会「MOTアニュアル2023 シナジー、創造と生成のあいだ」
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mot-annual-2023/

量子はわからない、でも量子で考えれば面白い

量子的な考え方をクリエイティビティと結びつけて提示した「エンタングル・モーメント」展には、1週間という短い会期で約6万3千人もの来場者がありました。小さなお子さんから大人まで、海外のお客様や、すごく楽しんで誘い合ってまたきてくれるという人も多かった。量子の考え方が、人々の「こういうふうに考えたら面白い」と符合していったのなら幸いです。あくまで「問いかけ」であり、答えはすぐには出ない。少なくとも、私が生きている間に答えがわかることはないでしょう。アメリカの物理学者、リチャード・ファインマンも「もしも量子力学を理解できたと思ったならば それは量子力学を理解できていない証拠だ」と言っていますが、研究者だって今は量子の何たるかがわかりきってはいない。まだ解明されてはいないけれど必ず存在しているダークマターのようなものなのです。メディアアートやメディア芸術も長い間ダークマターのような存在だったかもしれません。でも、だからこそ面白い。そんな確かで不確かなものに、科学者もテクノロジストもアーティストもさまざまな方法で取り組み続けているのだと、「エンタングル・モーメント」での試みを通して思い至りました。「ミッション∞インフィニティ」にはそんな意図が込められています。その展示空間を体験して、一緒に考えてもらう契機になれば幸いです。
(談話をもとに構成)

森山朋絵
前編はこちら
プロフィール
メディア芸術キュレーター/東京都現代美術館学芸員
森山 朋絵
MORIYAMA Tomoe
森山朋絵

1989年より学芸員として東京都写真美術館の創立に携わり、映像メディア展を多数企画。2007年より現職。東京大学、早稲田大学ほかで教鞭を執り、ZKM、マサチューセッツ工科大学、ゲティ研究所招聘滞在後、アルスエレクトロニカ、NHK日本賞、第1回SIGGRAPH Asia議長を歴任。東京都現代美術館にて、名和晃平(2011)、吉岡徳仁(2013–14)、ダムタイプ(2019–20)、ライゾマティクス(2021)らの個展を手がけ、映像装置やテクノロジーと芸術の協働、展示支援システムの研究と実践を行う。日本バーチャルリアリティ学会フェロー。大阪芸術大学アートサイエンス学科客員教授。

エンタングル・モーメント ―[量子・海・宇宙]× 芸術
会期:2025年8月14日(木)〜8月20日(水)※会期は終了しました
会場:大阪・関西万博 EXPOメッセ「WASSE」
公式サイト:https://www.qst.go.jp/site/entangle-moment

ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術
会期:2026年1月31日(土)~5月6日(水・振休)
会場:東京都現代美術館 企画展示室B2F、ホワイエ ほか
公式サイト:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mission-infinity/

公開日:2026年3月9日

インタビュー・構成:言問
撮影:畠中彩
展示撮影・記録映像編集:肥後沙結美、松本 魁、山田匠太郎、高村のり子
展示撮影機材協力:立命館大学映像学部、東京藝術大学芸術情報センター

トップへ戻る

このページのURLをコピーする

このサイトについて

CG-ARTS One

CGや映像、メディアアートなど新しい表現分野のクリエイター、エンジニア、研究者、アーティストなどを目指す方に向けたメディアサイトです。

© 2025 Computer Graphic Arts Society