多様なニーズを想定した専攻構成とカリキュラム
ゲーム・インタラクティブアート専攻の構成やカリキュラムについて伺えますか。
牧奈歩美(以下、牧)
ゲーム・インタラクティブアート専攻には5つの領域が設定されています。元バンダイナムコゲームスの小山順一朗教授率いる「企画・ゲームデザイン領域」に、三宅陽一郎教授による「ゲームテクノロジー領域」。三宅さんはAIの専門家でもありますから、最先端の技術を取り入れたアプローチにも期待したいです。
「文化・美学領域」には先端芸術学科から八谷和彦教授が、「社会応用領域」にはメディア映像専攻から桐山孝司教授が移って来られます。「社会応用領域」では例えば医療現場などで、認知症の患者の記憶を呼び覚ますトレーニングや、老人ホームで体を動かすゲームなど、さまざまな社会課題の解決にゲームを活かすというアプローチを試みます。
もう一つ、私が担当するのが「映像表現領域」です。私はアニメーションや映画、イマーシブ系のメディアを研究してきました。岡本先生を中心にこれまでやって来られたアニメーションをゲームに展開するプロジェクト「A to G (Animation to Game)」を継続して、アニメーションを出発点にインタラクティブな表現を試みる取り組みや、イマーシブな体験、物語性などを含むゲーム表現をカバーしていければと考えています。
ゲームの活用の幅は想像以上に広いのですね。
牧
ゲームはエンターテインメントにとどまりません。シリアスゲームという分野があり、医療以外にも子どもの教育など、さまざまな分野でゲームは必要とされています。
カリキュラムの大きな流れとしては、他の学科や専攻と同じように、一年次はできるだけ領域を分けず、さまざまな課題に取り組んでもらいたいと思っています。その後それぞれのオリジナル作品をつくるフェーズに入っていく。領域が定まるのはそれからです。

牧准教授
ゲームのアーカイブには多機関との連携が不可欠
2025年3月に開催されたシンポジウムでは、ゲームのアーカイブがテーマになっていましたが、アーカイブや保存もカリキュラムに組み込まれているのでしょうか。
牧
アーカイブは現状、カリキュラムには組み込まれていませんが、文化研究の視点で、そういったテーマを深めたい学生が現れる可能性は十分にあります。
岡本美津子(以下、岡本)
その点では、大学連携も同時に進めようとしています。アーカイブに関しては研究やコンテンツの蓄積を持っているのは立命館大学です。立命館大学のリサーチセンターとはお付き合いがありますし、共同研究のお話もあります。
ゲームは他のメディア以上に、各技術の進歩とともに発展してきた分野です。それぞれの時代のハードウェアのことを分かっていないと研究も教育もできない。ソフトの疑似体験、例えばYouTubeに上がっている古いゲームのプレイ動画を見ただけでは「なんてチープなコンテンツなんだ」で終わってしまいます。そういった視点でもゲームは非常にアーカイブが重要な分野だと感じていますが、大学など小さな単位で閉じたアーカイブを構想するのではなく、本来はよりパブリックに、博物館のようなものがつくられるといいのでしょうね。
いずれにせよ、日本のゲームも、世界のゲーム文化の蓄積も非常に膨大です。その教育研究はとても一校だけではできません。さまざまな組織のネットワークのハブとしての役割を担っていければと思っています。
南カリフォルニア大学との国際連携
南カリフォルニア大学(USC)との国際連携について教えていただけますか。
岡本
専攻のカリキュラムを考えるにあたって、産業界の知見を得るとともに、大学としてのノウハウをどこかから学ぶ必要がありました。そうしたときに、全米でも指折りのゲーム教育を行っている教育機関がUSCだったのです。2019年以降、USCの先生を招聘して講義を行ったり、学生同士のコラボレーションなどを行っています。
牧
私はUSCの出身なのですが、USCには2005年から、映画芸術学部の中に「Interactive Media and Games(インタラクティブメディア&ゲームズ学科)」があります。映像を学ぶ学部の中にゲームの専門分野がある、このかたちは私たちとも親和性が高いと感じました。シリアスゲームなど、産業系に限らないアプローチのゲーム教育も含んでいて、USCとの交流が藝大のカリキュラムに与えた影響はとても大きいです。例えば「プレイテスト」という考え方。アイデアの初期段階から何回もテストプレイを行い、その様子からフィードバックを得て改善を重ねるというつくり方ですが、どのカリキュラムにも節目節目に入れておくことで、おのずと学生のゲームがブラッシュアップされていくのです。このシステムを真似しています。また、ゲームは絶対に一夜漬けではできず、プロセス管理、プロジェクト管理が非常に重要です。その管理手法や考え方をカリキュラムに活かしています。
USCの学生と藝大の学生との共同制作も2019年から行っています。2022年度までは、毎冬藝大からUSCに渡米して、両校の学生で関係を築き、3月の発表の場に向けて3〜4ヶ月程度かけてコラボレーションで制作をしていました。ここ数年は「ゲームジャム」と称してより短期間で一気に完成まで持っていくプログラムに取り組んでいます。一番最近の開催では、USCの学生が10名、藝大の学生が8名参加し、混合チームを6チーム編成して行いました。英語でコミュニケーションを取りながらつくる、国際連携がこのコラボレーションの大きな目的であり意義です。

南カリフォルニア大学(USC)との国際連携の取り組み
さまざまな分野をゲームによって発展させる人材育成
生み出され方もニーズも多様なゲームの世界ですが、藝大のゲーム・インタラクティブアート専攻ではどのような人材を育成、輩出していきたいとお考えですか?
岡本
我々自身、当初イメージしていたものよりもゲームの世界は非常に広く、それはもはや日常にも浸透しています。個人的には、自分の専門分野を持った人間がゲームをつくるといいと感じています。自分の専門という縦軸に対する横軸がゲームだと思っています。さまざまな専門分野がゲームというテクノロジーの助けを借りて、どう発展するか。そんな視点で研究に取り組む人材が求められています。
牧
今、ゲームの世界には大衆をターゲットにしたAAAタイトルと同時に、よりインディペンデントな個人の発想が価値を持つような、大きく2つの軸があると感じていますが、それらをうまくつなげられる人材を輩出できたらと思っています。
Thatgamecompanyのジェノヴァ・チェン氏はUSC出身です。彼はごく個人的な表現からスタートしていますが、彼の世界観には今や大衆が魅了されています。彼は「これは本当にゲームなのか?」と不思議に思うような表現が、世に浸透していく可能性を体現しています。大衆と個人の表現、その中間にあるような作品がもっと生まれてくる、ゲーム・インタラクティブアート専攻をそんな土壌にできたらと思っています。
さらには、「ゲーム」という言葉にとらわれすぎず、自分なりの創作スタイルを築いていく柔軟性と、恐れずに実験する姿勢を持ってほしいと願っています。まだ名前のない表現形式を切り拓く人をも、新専攻で支援していきたいと考えています。

岡本教授
NYAAがもつ多様性
映像研究科の学生はNext Young Artist Award(通称NYAA、元学生CGコンテスト)にもたくさん応募・受賞されていますね。
牧
映像研究科の学生によるNYAAのこれまでの受賞作品、例えば小光さんによる『Wander in Wonder』(2018年)、ゆはらかずきさんによる『MOWB』(2019年)、潘 宇さんによる『Walking Teddy』(2024年)、まさに先ほど話したような、間(はざま)にある作品だと思います。アニメーションフェスティバルに出品する作品とも違うし、バリバリのエンタメゲームでもない。評価軸を見つけるのが難しいそういった作品をつくる学生が今も在籍しています。先日ちょうど「私の作品はどこで評価されるんだろう」と漏らしていた学生もいました。既存の評価軸で測るのが難しい、でも確実に面白い作品をつくっている。そういった作品や作家を見出して、これからも変なものを評価し続けていただきたいですね。
岡本
コンテストは、人と人が出会う場になることが一番大事だと感じています。これからもぜひ、たくさんの人と学生を出会わせていただきたいです。

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