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ゲームがもつ可能性を広げ、未来を担う人材を産学連携で育てる——東京藝術大学大学院ゲーム・インタラクティブアート専攻 新設(前編)

令和8年度春から東京藝術大学では、大学院映像研究科修士課程の新たな専攻として、ゲーム・インタラクティブアート専攻が開設されます。新専攻開設のこれまでの歩みに深く関わった東京藝術大学大学院映像研究科企画制作領域教授・岡本美津子氏と、ゲーム・インタラクティブアート専攻で映像表現領域を担当する牧奈歩美准教授のお二人に、設立にまつわるさまざまなお話をお聞きしました。
前編では、2016年から約10年にわたる設立までの道のりを伺います。

産学の問題意識が一致

まずはゲーム・インタラクティブアート専攻新設の経緯を伺えますか。

岡本美津子(以下、岡本)

実は、事の起こりにはCG-ARTSさんが関わっています。2016年にCG-ARTSさんから、スクウェア・エニックスさんが藝大との人材育成を目的とした交流の機会を求めているとのお話をお伺いし、ご一緒にスクウェア・エニックスを訪問したのがきっかけでした。そこで当時スクウェア・エニックスのディレクターだった田畑さんをご紹介いただきました。『FINAL FANTASY XV』などを手がけられた方ですね。
田畑さんはゲーム制作にかかわる人材の育成について問題意識を抱えていました。近年のゲーム開発環境、特に映像技術の発達にともなって、アートの素養やスキルを持つ人材をこれまで以上に求めていると。いくらCGが発達しても例えばそこに説得力のあるボーン(骨格)を入れられないと魅力あるゲームはつくれない。いわば「ちゃんとデッサンができる」基礎の力に加え、ゲーム制作に求められる多様な能力を育てるため、藝大と連携できないかというお話でした。
当時、私自身も専攻のカリキュラムや卒業後の学生のキャリアについて問題意識を持っていました。1学年につきアニメーション研究科の定員は16名、アニメーションの領域ではおそらく世界一、二を争うくらいの優秀な人材が国内外から集います。にもかかわらず、就職率が非常に低いのです。在学中はとにかく制作に集中するため、就職活動はできません。また自身の表現をとことん追求させる教育方針なのですが、それがプロダクションワークに適した人材育成につながっているかというとそうではない。あまりにも産業と大学が離れすぎていると感じていたので、産業界からの打診は私にとっても非常にありがたいお話でした。
田畑さんをはじめ、スクウェア・エニックスのさまざまなクリエイターと話す中で感じたのは、産業界と私たちがいる教育界、アート界が目指すものの根底はとても似ているということです。商品か作品か、アウトプットの違いはあっても、目指す方向やプロセスは似通っている。教育プロセスにも産業界の視点が入ることで、よい化学反応が起きるのではないかと思いました。

岡本美津子教授
岡本美津子教授

「東京藝術大学ゲーム学科(仮)展」を開催しシミュレーション

岡本
大学側にはゲーム教育のノウハウは一切なく、ゲーム制作を実際に教えるとなると自ずと産業界の知見が必要でした。スクウェア・エニックスと協同してゲーム教育の体制を考えていくことになり、当時、雑談程度ですがいくつかの目標を立てました。協同制作でコンテンツを一つつくるだとか、色々挙げた中にあったのが「藝大にゲーム専攻をつくる」です。当時はほとんど冗談でしたけどね。 手はじめに、2017年、映像研究科の学生と卒業生らがスクウェア・エニックスのアドバイスを受けながらゲーム作品を制作し、7月にはその成果展を含めたイベント、「東京藝術大学ゲーム学科(仮)展」をスクウェア・エニックスと協同で開催しました。「東京藝術大学にゲーム学科ができたとしたら」という想定のもと、期間限定で大学美術館陳列館に仮想のゲーム学科を立ち上げるというコンセプトです。藝大のロゴをハッキングしたような「藝ム」のロゴはその時生まれました。
「東京藝術大学ゲーム学科(仮)展」ウェブサイト。展覧会名の下に「藝ム」のロゴがある
岡本
会期中、ゲーム制作プロセスを紹介する展示や講義、南カリフォルニア大学(USC)インタラクティブ・メディア&ゲーム学科のアンドレアス・クラツキー教授によるワークショップなどを開講しました。 講義ではプロデューサーやアニメーター、サウンドデザイナー、プログラマなど、スクウェア・エニックスの各部署の方々に講師として来ていただいて、授業のシミュレーションを行ったのです。素晴らしい講義でしたよ。照明の専門家の講義など、マニアックすぎて理解できない部分もありましたが(笑)、凄さやこだわりが伝わってきて面白かったです。 また、藝大生がゲームをつくるとどんなものができるか、実際にいくつかゲーム作品をつくって展示しました。
牧奈歩美(以下、牧)
当時私はまだ博士の学生で、一鑑賞者として展示を見ました。ゲームにはそもそも、産業の土壌で培われた側面と、個人の表現として、現代美術的な表現形態の延長線上にあるような側面がありますが、互いの発展が重なり合ったところで思いっきり爆発しているかのような、そんな衝撃がありました。あらゆる分野から集まってきた非常にユニークな作品が並んでいたことを覚えています。
牧奈歩美准教授
牧奈歩美准教授

アニメーション作品をゲームに展開

岡本
このときの出展作品は、アニメーション専攻の学生による作品をゲームに展開するというアイデアをかたちにしました。というのも、企画や発想、ストーリーテリング、キャラクターデザイン、背景デザインに動画制作など、アニメーションにまつわるさまざまなスキルにはゲームと共通する部分が多くあります。私は以前から「アニメーションをつくっている学生がゲームをつくったっていいじゃないか」と思っていたのです。 アニメーション専攻では毎年一人一作品つくり、アーカイブしているので、蓄積がかなりあります。そこから7作品を選び、「A to G (Animation to Game)プロジェクト」と題してゲームに展開しました。
岡本
このときの出展作品は、アニメーション専攻の学生による作品をゲームに展開するというアイデアをかたちにしました。というのも、企画や発想、ストーリーテリング、キャラクターデザイン、背景デザインに動画制作など、アニメーションにまつわるさまざまなスキルにはゲームと共通する部分が多くあります。私は以前から「アニメーションをつくっている学生がゲームをつくったっていいじゃないか」と思っていたのです。 アニメーション専攻では毎年一人一作品つくり、アーカイブしているので、蓄積がかなりあります。そこから7作品を選び、「A to G (Animation to Game)プロジェクト」と題してゲームに展開しました。
「A to G (Animation to Game)プロジェクト」で出展された作品の一覧
岡本
吹雪の雪山でライチョウと一緒に遭難者を救出するVRゲーム「雪山のライチョウ」などは、薩摩浩子さんの作品ですが、藝大生ならではのシュールなアニメーションがゲームになっていて印象深かったですね。「here AND there」はアニメーションをipadで操作できるインタラクティブなゲームに展開した作品ですが、この作品のゲーム化の際にディレクターを務めた小光さんは、現在ゲーム作家としても活躍しています。

まずはコースを開設し外部メンターを招聘

岡本
アニメーション作品はビジュアルとストーリーが豊富なので、ゲームへの展開もやはり可能なのです。A to Gは研究内容としても非常に面白いと感じています。 この企画のおかげで、学問としての体系立ての方法やカリキュラム、それによって学生がどの程度のレベルのものがつくれるようになるかが具体的にわかり、「これはいける!」と感じられました。「藝大にゲーム専攻を」という目標を、現実味のあるものとして掲げることができたのです。 とはいえ、やはり実際にやってみないとわからない。2019年からはメディア映像専攻・アニメーション専攻内にゲームコースを開設し、メンターというかたちでスクウェア・エニックスに指導に入ってもらうことにしたのです。メンターは無償でお願いしていたのですが、2021年頃から入っていただいたプロデューサー・時田貴司さんなどは、特別教授という肩書きで毎週ゼミに出るくらい熱心に参加していただきました。「ライブ・ア・ライブ」などを手がけられた方です。今も折に触れて関わってくださっています。 メンターの皆さんに共通するのは、既存の産業界に合わせるようなことは一切言わないことでした。「こうしなきゃ売れない」というような発言は一度もありません。非常に教育的に、新しい芽を伸ばそうという気持ちで取り組んでくださいました。
個人の表現を尊重し大衆性を求めず、しかし現実的なゴールを明確に持つ。そういった視点の持ち方を示してくださいましたね。
岡本
コース設置後、毎年「GEIDAI GAMES」と題して成果発表展を行ってきましたが、アニメーション専攻の学生はやはり、アニメーションやビジュアルデザインの素養のある学生がつくるので、そこで発表されるゲーム作品はビジュアル的にもかなり豊かで美しく、面白い作品が多いです。一方でメディア映像専攻はメディアアートや現代アートの文脈から発想された作品が多い。
2025年3月に開催された成果発表展覧会「GEIDAI GAMES 06 東京藝術大学大学院映像研究科ゲームコース展」メインビジュアル
コロナ禍で林裕人さんがつくられた作品『 Can I see You now ? 』も非常に面白かったですね。物理的に対面することが難しかった時期に、オンラインの地図上でプレイヤーがお互いを探し合うのです。はれて久しぶりに再会して、会話しようとした途端「あと10秒で回線が切れます」と言われ、本当に10秒後に遮断されてしまう。コンセプチュアルな作品でありながら、ゲームエンジンの特性もしっかり生かした、メディアの面白さを感じさせる作品でした。
『 Can I see You now ? 』プレイ画面
岡本
ゲームと一言で言っても、つくり手によってできるものは千差万別です。ゲームは総合芸術とも言われるように、そこに求められるスキルはデザイン、映像、脚本、音楽など多様です。実はゲーム専攻を映像研究科に設置するにあたっては、「より広く、全学的な組織にするべきでは」という意見がありました。映像研究科は大学院のみですから、「学部生にもニーズがあるのでは」という声もありましたね。とはいえ、今一番ノウハウが蓄積されていて、そしてゲーム領域に近いのはやはり映像研究科です。映像研究科につくった上で、広く、学部教育も力を入れて広げていくという方針で固まりました。
後編は9月15日に公開予定です
プロフィール
プロデューサー、東京藝術大学大学院映像研究科教授
岡本 美津子
OKAMOTO Mitsuko
岡本美津子

京都大学文学部卒業後、NHKに入局。2008年から現職。アニメーション専攻企画開発ゼミおよび、2019年からゲーム研究ゼミを担当し、ゲーム専攻設置準備委員として新専攻設置に関わる。
NHK「2355」「0655」(月〜金Eテレ2010-放送中)のチーフプロデューサー、「芸術選奨」選考審査員(2022-2024年度)、日本ユネスコ国内委員会委員(2024-)、文部科学省科学技術・学術審議会委員(2025-)ほか。

東京藝術大学大学院映像研究科准教授
牧 奈歩美
MAKI Nahomi
牧奈歩美

南カリフォルニア大学映画芸術学部アニメーション学科修士課程修了後、東京藝術大学大学院映像研究科博士後期課程修了。博士(映像)。2000年代から短編アニメーション作品を制作し、米国映像制作スタジオや教育研究を経て現職。はイマーシブメディアの研究にも活動を広げている。2019年よりゲーム研究ゼミを担当し、新専攻設置に関わる。これまでの作品上映・展示は文化庁メディア芸術祭、SIGGRAPH Asia VR Showcase、アヌシー国際アニメーション映画祭、フルドーム映画祭(ドイツ)など。研究発表はSIGGRAPH、 SIGGRAPH Asia、日本アニメーション学会など。

ゲーム・インタラクティブアート専攻の概要

・専攻名称
ゲーム・インタラクティブアート専攻
(英語名称:Department of Games and Interactive Arts)
・入学定員
20名(収容定員:40名)
・専任教員数
7名(教授4名、准教授1名、助教2名)
・キャンパス
東京藝術大学上野キャンパス 東京都台東区上野公園12-8
・取得できる学位
修士(映像)
・専攻公式サイト
https://games.geidai.ac.jp/
https://www.geidai.ac.jp/news/20250707150227.html

NYAA作品募集情報

・作品提出締切
2025年09月30日 (火) 17:00必着
・部門
(1)アート&ニューメディア部門
(2)映像&アニメーション部門
(3)ゲーム&インタラクション部門
・賞
最優秀賞(各部門1作品) 賞金20万円
優秀賞(各部門4作品) 賞金5万円
奨励賞(各部門2作品) 賞金2万円
パートナー賞(本アワードのパートナー企業によって選出)
・募集内容
学生が制作した作品
※2025年3月に卒業した方の卒業制作作品等も対象とする
※学生が主体となって制作された研究室のプロジェクト等も対象とする
・Webサイト
https://nya-award.jp/2025/

公開日:2025年8月25日

インタビュー・構成:言問
撮影:畠中 彩

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