アニメーションに魅せられて:ファビアン氏のプロデューサーへの道
講演は、ファビアン氏がどのようにしてアニメーションプロデューサーの道を歩むことになったのか、その経緯から始まりました。ファビアン氏は高校卒業時、ドラマーとしてパンクロックのミュージシャンを目指していましたが、やがて映画制作に関心を持つようになり、撮影スタッフとして映画業界に足を踏み入れました。次第に監督という職種を意識し始め、メディアアートの学校に進学したファビアン氏は、在学中にドキュメンタリーや実験映画といった実写作品を制作。監督作品は京都国際学生映画祭にもノミネートされ、グランプリを受賞。その際、審査員のマイケル・アリアス氏からもらった激励の言葉は、とても励みになったそうです。その後、映画制作に行き詰まっていた際に、同じ学校に在籍していた友人から短編アニメーションのプロデュースを依頼されたことが転機となります。その作品『Däwit』(David Jansen, 2015)は、製作の過程で数々の困難に直面したとのことですが、ベルリン国際映画祭にノミネートされるなど高く評価されました。
ファビアン氏はこの経験を通じてアニメーションの魅力に引き込まれ、「この苦しい製作過程の中で、私はアニメーションに恋に落ち、今後この仕事をしようと思い立ちました」と語ります。こうして、ファビアン氏のアニメーション製作のキャリアが本格的に始まり、「Fabian & Fred」が誕生しました。
国際的なアニメーション作品の拠点へ
「Fabian & Fred」は、今やドイツにおけるアニメーションのハブとしての役割を担っています。過去10年間で30本以上の作品を製作し、カナダ、韓国、インド、レバノン、パレスチナ、イスラエルなど、世界各国の作家とのコラボレーションを実現してきました。
ファビアン氏は、映画祭における短編アニメーションの価値を考える中で、実写とは異なる短編アニメーションの意味に気づいたと語ります。ディズニーやピクサーといったアメリカの大手アニメーションスタジオが、短編アニメーションを新たな才能の発掘や、技術やデザイン、ストーリー、キャラクターの実験の場として活用し、そうして作られた作品もまた、アカデミー賞や映画祭で高く評価されている点に着目しました。短編アニメーションが世界中の人々にインスピレーションを与える可能性を持つことを確信したといいます。
また、ユニークな技術をもって創造的なストーリーを伝えられることに大きな価値を見出し、「アニメーションは私たちを近くに感じさせる力を持っています。アニメーションを通じて、それぞれの文化に言語を通じてよりも容易に触れることができると思うのです」とアニメーションの文化を伝え、知識を共有する力に言及しました。そのような具体的な作品として、モンゴル語を用いて制作された『Lake Baikal』(Alisi Telengut, 2023)を挙げ、ある国・地域の文化に直接触れることのできる優れた作品が、実験的な手法を用いながらも映画祭などで広く評価されていることを示しました。
続けて、芸術性の高いアニメーション作品が、子どもや若年層の観客にも強く訴えかける力を持つことにも触れました。ベルリン国際映画祭でも高く評価された『I am not afraid!』(Maruta Mayer, 2022)は、ノンバイナリーなキャラクター表現を通じて「全ての子どもたちが共感できる」作品とのこと。現在はそのアイディアをもとに新しいシリーズを製作中だといいます。
「Fabian & Fred」の大きな特徴として、制作スタイルの多様性が挙げられます。作家に特定の制作手法を強いることなく、ストップモーション、CGI、2D、さらには実験的な技術など、作家の創造性や表現の方向性を最大限に尊重したサポートを行なっており、「私たちにとって重要なのは、彼らの芸術的ビジョンに確信を持っているということだけです」と、各作家の個性と視点を重視する姿勢を強調しました。
ドイツにおけるアニメーション製作と資金助成
欧州では短編アニメーションの製作が活発に行われており、その背景には公的助成システムの存在があります。
ファビアン氏によれば、短編アニメーションを作るためには、1分あたり10,000(約160万円)から30,000ユーロ(約485万円)という決して安くはない費用がかかり、平均的な制作期間は3~18ヶ月ほどで、場合によってはそれ以上かかることもあるとのこと。それを実現するために、国際共同製作のスキームを活用し、2〜4カ国の助成金制度を組み合わせて資金調達を行うといいます。
ドイツ国内では16州のうち11州が映画ファンドを持ち、各地の製作会社や作家を支援する制度が整っています。さらに、国の助成金制度や税制優遇措置もあることから、地域、国家、税制優遇といった複数のレベルで支援を受けることができます。このような支援のあり方は、他の欧州諸国でも類似のシステムが確立されており、国際共同製作によって各国の助成金を組み合わせることで、製作予算を拡大できる可能性が示されました。
また、ドイツ独自の「サクセス・グラント」という制度も紹介されました。これは、映画祭での受賞や選出により得られるポイントを次のプロジェクトに投資できる制度であり、新しい監督の支援にも活用されるようです。優れた作家が持続的に制作できる環境を作り出すことに寄与しているといいます。
一方、ドイツでは、全体の製作費のなかで公的資金が占める割合は最大80%に限る規制があります。そのため民間からの投資が求められ、必然的にスタジオやプロデューサー自身の資金が投入されることも多いとのことです。この点について、ファビアン氏は「それゆえに短編アニメーションは、その作品自体で商業的な成功を目指すというよりも、次の作品へつながることが重要だ」と述べました。
具体的な例として、2Dと3Dを融合して制作された『Butterfly Kiss』(Zohar Dvir, 2024)が挙げられます。この10分の短編作品には、約14万7千ユーロ(約2,400万円)の制作費が投じられ、これは短編アニメーションの予算規模としては標準的です。ドイツとイスラエルの複数の助成金を組み合わせることで、これだけの資金を調達できたといいます。
また、長編の例として、スペインとドイツの合作による長編アニメーション映画『スルタナの夢』が紹介されました。60歳を超えた長年の経験を持つ作家の初の長編、という画期的な企画として注目されたこの作品は、開発に4年、資金調達に2年、制作に2年と、全体で8年を要し、約130万ユーロ(約2億1000万円)が費やされたといいます。これは長編にしては低予算ですが、それでも調達は簡単なことではなく、「なんとか工夫してやり遂げました」と、ファビアン氏は達成感をのぞかせました。
本作の製作資金はヨーロッパ各国の助成金に加え、放送局やワールドセールス、各国の配給といった様々な小規模パートナーからのMG(前払金)を組み合わせて行われました。ファビアン氏は実際の予算計画表を示しながら「細かなパズルのようだ」と形容します。私企業からの出資が中心となる北米やアジアとは資金調達の仕方が異なることが示されました。
アニメーションの未来を切り拓く:信頼のおけるチームとしての作家とプロデューサーの 関係
このような国際共同製作において、さまざまな資金提供者からの要求に対応しつつ、作家のビジョンを支え、外部の妨害から作家を守ることがプロデューサーの役目であるとファビアン氏は語ります。
特にインディペンデントアニメーション産業では、作家とプロデューサーが共に立ち上がり、互いにサポートしあっていくべきだとファビアン氏は主張します。「私たちが目指しているのは、長期的なパートナーシップと、互いに頼り合える家族のような関係です」と、フラットな関係性の中で共に企画を進めたいと力強く呼びかけました。
「Fabian & Fred」は、さらなる国際的なコラボレーションを推進し、新たな才能を発掘することを目指しています。本講演では、欧州における短編アニメーション制作の特徴と、国際共同製作がもたらす可能性が見出されました。複雑な助成金システムを活用しながら、作家の創造性を最大限に引き出す欧州の製作モデルは、アニメーションの未来を切り拓く見本といえるかもしれません。
開催概要
日程
2024年11月7日(木)
会場
シアター・イメージフォーラム3F「寺山修司」
登壇者
ファビアン・ドリーホースト
モデレーター
土居 伸彰(「NeW NeW」総合プロデューサー)
「New Way, New World: Program for Connecting Japanese Animators to the World」についてはこちらをご確認ください。
文化芸術活動基盤強化基金(クリエイター等育成・文化施設高付加価値化支援事業)
独立行政法人日本芸術文化振興会
「クリエイター等育成プログラム(短編アニメーション分野)」