岐阜大学デジタル創作サークルとの出会い

今回の訪問のきっかけをつくってくれたのは、元ランド・ホーで、現在は、ゲーム業界人事部として活動しつつ、CG-ARTSのアドバイザも務める塚原爾奈さん(以下爾奈さん)だった。時は2023年9月まで遡る。あるゲーム業界就活イベントに参加していた爾奈さんが、ポートフォリオ添削コーナーで岐阜大学の学生さんの作品を見る機会があった。その学生さんは非常に積極的で、作品を見せるだけでなく「大学でVRの研究をしています。もしご興味があれば、研究室の見学にいらっしゃいませんか?」とお声がけした。爾奈さんのフットワーク軽さは業界でも有名で年中全国の学校を飛び回っおり、その2か月後、爾奈さんは彼の所属する木島竜吾准教授(以下、木島先生)の研究室を訪問することとなった。この双方の積極性が、1年半後、今回の訪問に繋がってくる。
その学生さんこそ、岐阜大学デジタル創作サークの立ち上げメンバーのひとりである野倉さんだった。後述するが、初回訪問の後、野倉さんらは2024年4月にサークルを立ちあげ、サークルメンバーを中心にVR作品『中継を止めるな〜究極のフォーミュラレース中継体験〜』が制作された。そしてなんと、爾奈さんが審査員を務める当協会のNYAA2024(第30回学生CGコンテスト)のゲーム&インタラクション部門にて、同作品が最優秀賞を勝ち取った。その表彰式で再会した二人が、今回の岐阜大学訪問の新たなきっかけを作ってくれた。私は初回訪問の機会は逃してしまったのだが、今度こそはとスケジュールを調整し、参加することにした。このような体験をするたびに、世間は狭いし、何がきっかけで縁が生まれていくかは本当にわからないものであると実感する。
岐阜大学デジタル創作サークルとは?

このサークルは、野倉さんを含む当時の修士2年の3名、学部4年の1名の4名の学生によって、2024年4月に設立された。設立メンバーの積極的な勧誘活動によりメンバーも増えていった。設立直後は急にメンバーが増える中で試行錯誤の日々を過ごしたそうだが、コアメンバーの積極的な活動のおかげで、サークル設立1年目の活動結果としては非常に華々しく、『中継を止めるな!〜究極のフォーミュラレース中継体験〜』がIVRCで総合大賞を獲得。そしてXR Creative Awardではファイナリストに選出されるなど、他のコンテストでも実績を残していった。野倉さんはじめ、設立メンバーは今春(2025年3月)卒業したが、その後輩たちが今度は中核となり、新入生も多く加入して、40名弱の新体制で2年目の活動をスタートしている。ちょうど訪問した時は、新入生に先輩メンターをつけるグループ分けを行い、新入生がそれぞれ決めたテーマに沿った個人制作を行っていく計画を練っていた。先生から教わるだけではなく、身近な先輩が後輩を教える形は、やはりノウハウの継承という面で非常に効果が高いように思うし、教える先輩たちにとっても知識や経験の整理に役立つと感じる。この縦の繋がりができているチームは強い。
顧問木島先生の考え方、「発想の跳躍」を重視。

顧問の木島先生のご専門は、バーチャルリアリティ。以前はOpenGLやDirectXなどを駆使して実装していたが、近年はUnityなどのゲームエンジンが進化し、実装の敷居は下がったとのこと。その分、現在は学生らの「発想の跳躍」 に重点を置いた授業を展開されている。
「今の学生たちは、私には思いつかないような発想する。本当に感心します。新しいものを作ろうとすると、考え抜いたり、何も新しいことなどないと絶望したり、手を使って作ったものに逆に教えられたり、何かを手に入れ始めているという予感がしたりといったプロセスが生じ、それは生き生きとして楽しいものです。」と研究・制作に対する考えを語られる一方で、「ま、小難しい話より、やりたいという気持ち=エンジンがついていることが重要で、学生にはハンドルさばきが下手でも、まずアクセル踏め!と言っています。」という気合と根性の一面も語られたことが印象的であった。彼らの強みは、基礎的な情報教育を受け、プログラミング技術も磨いたうえで、自身の着想を自ら手を動かし、モノとして形にする力を持っていることであると思う。木島先生の考えが、見事に学生たちにも共通意識として浸透しているのだろうと感じた。
『中継を止めるな!』フランスLAVAL VIRTUALでの展示運営



今回の岐阜大学訪問では、爾奈さんからはゲーム業界の仕組みの話、私からはCG-ARTSの活動紹介、デジタルスケープの佐藤さんからはクリ博ダイレクトの説明などをした。学生たちの反応も非常によく、話しやすい雰囲気に助けられた。
そのあと、サークルを代表して学部4年生の伊東さんが、サークルの紹介をしてくれた。特に印象的だったのは、4月にフランスで開催されたLAVAL VIRTUALにおける作品展示のエピソードだった。本作品はサークルの設立メンバーが企画・制作をしたものだが、LAVALでの展示は後輩たちに託された。彼らは低スペックのGPUでも動くように最適化したり、海外渡航用にカメラデバイスを分解して持ち込めるようにしたり、色々な改善を施した上で臨んだそうだ。その裏には数々のトラブルがあったそうで、いろいろな失敗談を包み隠さず話してくれた。その一例を書き留める。
本作品の肝は、カメラデバイスである。F1の撮影機材をリアルに再現するために初期バージョンは「じょうろ」が使われていた。それを改良すべく3Dプリンターを駆使し制作を行っていたのだが、あろうことか直前で3Dプリンターが目詰まりを起こし故障。しかも予備のプリンターも続けざまに故障。あえなく原点の「じょうろ」に戻したとのこと。これは「じょうろ」に魂が宿っていて『おれを使え…おれを捨てると大変だぞ…』とつぶやいていたのではないか…そんな妄想をしてしまった。その後も、F1カーが通り過ぎる疾風を表現するための「送風デバイス」が現地で電気系が故障するといういかにもF1にありそうなトラブルや、音声デバイスのインタフェースが合わないトラブルなど、作品展示あるあるともいえるトラブルの連続だったそうだ。そんなトラブル続きではあったものの、現地のメンバーで協力し合ってそのトラブルを乗り越え、無事に海外での展示運営をやってのけた。
何か行動を起こせば問題が起きるのが世の常である。それを乗り越えることが「学習」であり「経験」といえる。この貴重な経験の積み重ねこそが、このサークルの強みになっているのだと思う。実は、それ以外にも、コインランドリーで大柄な現地の人に追いかけ回されたり、パスポートを帰国前日に紛失したり、ちょっとそこまでは問題が起こるのはすごいなと思った。が、しかし、それら全ての問題をクリアし、無事予定通り帰国の途につけたそうだ。それもまた貴重な経験であることは間違いない。
失敗の勧め、若い時こそ苦労を進んで勝ち取ってほしい

これは私の発表内でよく使うスライドである。内容としては、色々学ぶだけではなく、とにかく手を動かし実際やってみるとよい。そして人に見せるとよい。その過程でいっぱい失敗することもあると思うが時間と知恵を使ってそれを乗り越えることで代え難き知識と経験を得るという話である。
このサークルは、それを地でやっているのだから強い。これに関連して、かつて大リーグを席巻したイチローさんの独占取材が公開されている。イチロー “研究”は「絶賛失敗中」 選手から“野球の研究者”へ「どんな生きものになっていくのか」【独占取材】 研究者の道の方も、クリエイターの道の方も、ぜひ読んで欲しい。
受け継がれる知識と経験の伝承、組織を作る強みがここにはある

最後は説教臭い話をいれこんでしまった…が、これは設立メンバーが作成した年度の活動をまとめた小冊子である。この内容が非常に良い。あまりに面白くて、書いてある一言一句余すことなく読みつくした。せっかくなので、野倉さんのメッセージの一部を引用させていただく。
「楽しいことばかりではなかった。苦労も多かったし、大変な場面も数えきれないほどあった。過労死するんじゃないかと思うほど、寝ずに働いたときもあった。しかし、いま振り返ると、そのすべてがかけがえのない時間だったと思う。そして、まさに『青春』だった。」
「学生の時間は、一見長いように思えて、あっという間に過ぎていく。だからこそ、たくさん挑戦しろ。そして、その失敗から学べ。」
私のようなおじさんが講釈垂れる必要もなく、伝えたいなと思ったことがここには書かれていた。そんな先輩の影響を受けた後輩の瞳がキラキラしていた理由が、これを読んだ今ならわかる気がした。知識と経験の伝承を、サークルという場で続けてモノづくりをしている岐阜大学デジタル創作サークルの今後の活躍に注目していきたい。
編集後記・謝辞

このような訪問の機会を作ってくださった木島先生、ゲーム業界人事部の塚原さん、デジタルスケープの佐藤さん、ありがとうございました!木島先生からは、この記事を読んでくださった後にこんなメールをいただきました。
「私もラバルでグラボを溶かしたり、リヨンで会場全体の電源を落としたり、空港の通関で別室に御案内になったりしてきたので、学生がちゃんと継承してくれているのは嬉しい限りですw。」
先生のおっしゃる通り失敗含めて継承していて凄いなって思いました。

NYAA受賞発表イベントの小木曽さん(前列左)と野倉さん(前列右) とNYAA2024 ゲーム&インタラクション部門審査員の皆様
そして、この出会いをつないでくれたのは、やっぱりあのときの野倉さんの行動力だったと思います。現在はゲーム開発会社でプログラマーとしてキャリアをスタートされていて、お忙しい中、本記事の校正にもご協力いただきました。本当にありがとうございました!
また、お写真左側に映っている小木曽さんはサークル立ち上げの発起人で、現在は大手ゲーム会社でプランナーとして新たな一歩を踏み出されています。お二人とも、これからのご活躍が本当に楽しみです。心から応援しています!

木島研究室の学生さんには、お茶菓子として岐阜銘菓の「登り鮎」をいただきました!美味しかったです。また、サークルの現代表の水野さんには、この記事の公開にあたり、木島先生や野倉さんとの連絡窓口を務めていただきました。皆さんの協力があって、こうして記事を公開することができました。本当にありがとうございました。